朽ちた都市の無音の戯曲 少年は其処にいた。 少女も其処にいた。 一面 砂丘。 遠い異国へ来たような錯覚。 空には 白い雲。 恐ろしいほどに果てしない青。 砂が舞う。 風が吹いた。 音がしない。 向かい合う2人の衣擦れの音。 風の音。 虚空でぶつかり合う砂の音。 音がしない。 風が吹いた後。 軽く剥がされた砂からは鐵筋が顔を出した。 遠くには変圧器のついた柱が斜めに埋まっている。 絡まる電線は 黒く人の髪の様だった。 写真を握ったままの手が突き出していた。 広大な空へ。 たった1つ。 砂の下には幾千もの命が眠る。 ここは 都市の壊滅後。 砂の下には汚れた崩れた街が沈む。 生存者はたった2人。 食料もない。 水もない。 あるのは 限りない量の砂。 そして 脈打つ命。 少女は叫んだ。 壊滅時に失った視界。 残った力強い精神と思想。 しかし 途方もない あてもない道程の前では 音を立てて割れるのみ。 汗か涙か 一粒。 砂が吸い込んだ。 音がしない。 少年が呟いた。 風に揺れる袖は。 右手を失った。 既に血液は乾いていた。 袖は赤い。 『生』への執着と欲望が渦巻いた。 何にも繋がる事ないこの航路を己の足で漕ぎ出す。 少女が膝を折り 崩れる。 少年は背を向ける。 歩き出した。 真っ黒な視界の中で少女は悩んだ。 すぐに やめた。 音がしない。 少年の背中は舞い上がった砂塵に薄くなっていく。 そして 消えた。 少女が倒れた。 空を向いて。 周りの砂が跳ねる。 風が吹く。 止む。 その繰り返し。 少女は砂に抱き締められながら  愛されながら 堕ちて行った。 意識の狭間に。 その意識の狭間は 深い闇へ。 堕ちて行った。 2度と起き上がらなかった。 風が吹いた。 砂が舞った。 音がしない。 音がしない。 少年は歩き続けた。 夜も昼も歩き続けた。 目的もなく。 少年の瞼に少女が蘇る。 強く頭を振って消す。 向かい風が吹く。 砂が襲ってくる。 歩きながら夢を見た。 歩き続ける夢。 夢の中では蝶を追いかけていた。 そして現実の足が止まる。 砂の上へ倒れこむ。 少年は砂に晒されながら  叩かれながら 深みに嵌って行った。 夢の奥へ奥へと。 その夢の奥は夜の冷酷さへと。 嵌って行った。 2度と目覚めなかった。 風が吹いた。 砂が舞った。 音がしない。 音がしない。 音が しない。 砂が笑った。