緊急告知 本日ヨリ4日後 某廃校舎ニテ 『プログラム』 実施 繰リ返ス 繰リ返ス 本日ヨリ4日後 某廃校舎ニテ 『プログラム』 実施 以上 プログラム関係者 即刻 会議室Aヘ集合 以上 時間を与えられた私達は、とても 幸せ。[T] 窓などひとつも無い。 通風孔もなく、空調機から出てくる風のみが頬に触る。 とても長い密封された廊下だった。 全てを飲み込むかのように静かに静かにそこに横たわっている。 人が活動していた気配はなく、壁も廊下も鏡面のように汚れひとつ無く。 それが更に冷徹さと非現実的な空気を存在させる要因となっていた。 天上には電灯の配線はあるのだが、電球が外されている。 表情を照らされるのを嫌がるかのように。 あるのは、足元を照らす緑色の誘導灯のみ。 そして、その廊下の行き着く先には『会議室A』とプレートのある、観音 開きのドアが何も言わずに立っていた。 薄暗い廊下を背広姿の男達が歩いていく。 足音だけが響く。 表情も堅く、誰一人として言葉を発する者は居ない。 会議室の扉を開けば、あの、独特の清潔感に似た、拒絶反応を示してしま うように匂いが襲ってくる。 中央に置かれた机の周りに椅子が並べられていた。 机上には人数分書類がすでに用意されていた。 確か、ここには光りの透明度に定評のある白色灯がついているはずだ。 部屋は、薄暗く。 光源はプロジェクターが映している画像のみ。 会議室の右隅の小さな扉から女性と少女が出てきた。 女性はパンツスーツに身を包み、隙の無い動作で机へ歩み寄る。 少女はそのすぐ後ろで控えていた。 「それでは、『プログラム』に関する説明会を始めます。」 プロジェクターの光りに照らされ、女性の顔が青く浮かび上がる。 夜のプールに映り込んだ電灯の光りや、月の光がグニャリと屈曲するよう に、言い知れる旋律が走る。 物音を立てる者はいない。 「これは、説明会です。反論は即刻却下致します。これからご説明する事  は全て決定事項です。」 大きな書類の束を机の上でそろえる。 席に着き、神妙な表情を浮かべる一人一人を絡め取るような視線を投げる 女性の黒い瞳に青い光が揺らめいた。 1人の男性が騒々しい音をたてて、立ち上がった。 「こ、これはあまりにも残酷すぎます。もう一度検討を…ッ」 男性の額に赤い光が現われたと思った途端椅子と共に床へ倒れこんだ。 カーペットに青に照らされ、赤がじわり、じわり広がった。 赤い光りが当たった額はポッカリ穴が開いていた。 「反論は、却下・です。」 暗闇が、歯を見せて嗤う。 ――― 某墓地 墓石が碁盤の目のように並ぶ人気の無い霊園。 その中のひとつの墓石の前、「城山家」と彫られた墓石の前には線香の煙 が一筋立ち昇っていた。 それはまだ石の光沢を保ち、真新しいことを表していた。 墓前には、霞草が。 華やかな花束では、絶対に、主役になれない薄い花。 葉に色がついているだけかと見まがうほどに小さな花。 故人はソレを好んでいたのだろうか。 「兄さん。遂に施行されるよ。」 墓石の前に膝を抱えてしゃがみこむ女性が呟いた。 幼い子供のように背をまるめて、誰かが迎えに来てくれるのを待ち続ける ような寂しい背中で呟いた。 前髪を揺らす程度の風が吹いた。 それは故人からの声か―。 「霞草。アイツもコレが大好きなんだって。」 霞草を一輪、手にとりゆっくりと回しながら眺める。 陽に翳された花は雫のように光っていた。 「頼みごとがあってきたんだよ。」 女性はそれを花瓶に戻すと立ち上がった。 墓石の脇においてあったショルダーバッグを担ぎ手を合わせ、何かを吹っ 切るように力強く踵を返した。 振り返る事などはしない。 今更、何を悔やんだとしても全て手遅れであり、現状を打破などできやし ない。 頼ってばかりだった兄に最後の祈りを。 それしかできる事が無いから。 微かな風が霞草を揺らした―。 ―純白の壁と床と天上が埋め尽くす、白い白い部屋。 色の無さ過ぎる染まらぬ、息の詰まる部屋がここに存在する。 中心で中学生らしき少女と青年が座り込み作業をしている。 その手に握られているのは紛れも無く武器。 どれもこれも簡単に人の命を奪う事の出来る禍々しい道具。 その一つ一つを大事そうに磨いていく。 そこらじゅうに散弾銃の弾丸が散らばり、いくつのもナイフが刃が出たま ま放り投げられている。 そのどれもが、自分の手に馴染むほど使い込まれた形跡を残し。 挨拶をするのと同じくらい、普通の動作とすることができるであろう。 「邪魔するよ。」 入ってきたのは黒のパンツスーツに身を包んだ女性だった。 綺麗に弧を描く眉、遠くまで澄んだ瞳、透き通るような肌に桜色の唇。 まぎれもなく霊園の女性であるのに。 あの時の幼い子供のような渇望も、憂いもなく、ただ淡々とした怒りにも 似た感情のみが、溢れる。 「アイツは?」 拳銃のリボルバーに銃弾を装填しながら少女が訊く。 女性は、微笑んだ。 「トレーニングセンターで最終チェックしてる。」 「チェックなんて要らないだろ。アイツ。」 青年は、日本刀を磨きながら、拗ねるように口を尖らせた。 少女は少し悲しげに頬を緩ませた。 そして、手にしていた拳銃を構えると壁に向かって迷うことなく発砲した。 「無駄遣いやめてよ。高いのよ弾って。」 女性は半ば諦め気味に抗議した。 その声には聞く耳を持たず、更に撃ち続けた――。 白い壁は、黒に救われた。 ――― 説明会から3日目、深夜。 ある家の、電話が非通知の着信を受けた。 そしてソレを取ったのは、幸せな夢の中でまどろんでいたであろう女性。 高校ニ年生をもつ母親だ。 第二次反抗期も落ち着きだし、会話が再開する頃。 子供がいて、この子を産んで良かったと再確認できるようになる頃。 「はい。」 電話の向こうからは何も聞こえてこない。 「どちら様でしょうか?」 暫く沈黙の破り、やっと言葉がつむがれ始めた。 「明日、施行という事となりました。気付かれませぬよう宜しくお願い申  し上げます。では夜分遅くに失礼致しました。」 間髪いれずに用件を述べた後、一方的に電話が切れる。 母親は受話器を持ったまま、電話が切断された機械音が聞こえる中、放心 状態になり、ゆっくりとした動作で受話器を置く。 涙が喉をせりあがり、鼻の奥を引っ張った後、眼球を覆い、頬を流れ落ちる。 自分の布団へもぐりこむと、急に嗚咽が。 その涙の意味を知る者は少なかった。 NEXT